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改革論議の考察資料「指定生乳生産者団体制度改革をどう考えるか」

 当研究会の会員にも名を連ねていただいた、北海道大学大学院 農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 食料農業市場学研究室の清水池義治 講師より、現在の指定生乳生産者団体制度改革を考えるポイントを整理した「資料」のご提供をいただきました。
 以下に、清水池先生から当ブログ読者に向けて寄せられた文章とともに、資料「指定生乳生産者団体制度改革をどう考えるか」のPDFファイルデータを読者にご提供します。(2016年11月14日、管理人)


 酪農乳業関連制度研究会会員の清水池です。

 指定団体制度をはじめとする既存制度の問題点について大いに議論がなされること自体はよいことではありますが、前提として、議論の対象となっている制度がどのような役割を社会で果たしているかという認識を共有する必要があろうかと思います。そういった問題意識のもと、指定団体制度と乳製品関税に関する論考をまとめた資料を、このブログの読者のみなさんにご提供いたします。内容は関係者の方々にとっては自明のものではありますが、あまり制度に詳しくない方々に対する説明の際には多少役立つかと思います。

 本資料は2016年11月10日に札幌市で開催された、北海道農業ジャーナリストの会・平成27年度第2回研究会で清水池が使用した資料をもとに、一部を修正したものです。本資料の内容に関しては、報告者の清水池が全責任を負うものです。

 口頭による講演での配布資料がベースですので、説明不足の箇所もありますが、ご容赦ください。制度改革をめぐる議論の中で本資料が有効活用されることを希望いたします。


 資料はこちら>










 

英国の制度廃止の影響に関するMMJの言説は事実に反する

研究会の会員から以下の文書について、掲載要請がありましたので公開します。


英国の制度廃止の影響に関するMMJの言説は事実に反する
                    
 MMJ社ホームページの2016年11月8日付コラム「結果ありきの調査団報告」で、Jミルクが企画した「英国酪農乳業現地調査報告」が取り上げられている。どうやら、英国がミルク・マーケティング・ボード(MMB)を解体した結果、乳価の急落に伴い酪農家の所得が大幅に低下したという事実を、牛海綿状脳症(BSE)のせいにして全面的に否定したいらしい。そこで、ブログ読者に事実関係を正確に理解していただきたいと考え、ここではMMBの解体過程に関連する事実関係を整理・確認し、本来の議論の対象である規制改革推進会議の提言ではないものの、あえてコメントすることとしたい。

 今回の調査は、2013年10月に横浜で開催された「World Dairy Summit 2013」の際、英国の酪農乳業関係者から英国への招待を受けたことが発端となって、約1年前から企画されたものであり、自民党・畜産酪農対策小委員会で報告することが目的ではない。そもそもMMB解体に関する経緯や結果は、業界内では解体当時から、制度改革というものに慎重な検討を要するモデルケースとして周知の事実であった。

 また、2015年7月の自民党提言を受けた農水省生産局長からの私的な諮問により、酪農乳業界では「生乳取引のあり方等検討会」で生乳取引改革を議論したが、同年10月にこの検討結果を報道関係者に記者会見で説明した際にも、複数の報道関係者から英国のケースに関して強い関心が寄せられており、業界側としても、英国の制度改革に対する評価を、今日的に再確認する必要性が強く意識されるものとなった。

 今回の調査は、そうした英国側の酪農乳業関係者と交流する中で、英国内における現段階での酪農・乳業関係者の評価を改めて確認する必要性が議論され、実施されたものだ。調査のタイミングがたまたま規制改革論議と重なったため、調査で得られた重要な情報として、調査に参加した乳業関係者から自民党・畜産酪農対策小委員会で報告されたという経過である。

 まず初めに読者に伝えたいのは、今回の調査を通じて、調査団は数多くの英国の酪農・乳業関係者にインタビューする機会を得たが、誰一人としてMMBの解体に伴う乳価の下落に関して、BSEとの関連に言及した者はいなかったという明白な事実である。その上で、英国の轍を踏むべきではない、との親身なアドバイスをいただいたことを強調しておきたい。英国の酪農乳業関係者がMMJのコラムを読んだら、さぞかし驚くことであろう。

 MMBが解体されたのは1994年末のことである。他方、BSEがイギリスで確認されたのは1986年のことである。このため、86年以降、何度か消費者の間に不安が広がった。コラムには「96年にはBSEの犠牲者が発生し、消費者は恐怖に震えた。牛肉や乳製品の輸出は止まり、価格は大幅に下落した」とある。まるで、英国の1997年から2006年頃まで続く生乳価格の下落と低迷は、すべてBSEのせいであるとでも受け取れそうな書きぶりである。

 しかし、ここにはいくつかの事実とは明らかに異なる記載がある。

 第1に、MMJのコラムで「96年にはBSEの犠牲者が発生し」とあるのは、「変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)」とBSEの関係が科学界から取りざたされ始めたことを指すものと読める。念のため記せば、BSEとvCJDの明確な因果関係は、現時点でも科学的な断定がなされたとは承知していないが、日本国内でもすでに、食品安全委員会によるリスク評価を踏まえ、各種のBSE規制や安全管理上の国内対策が実行に移され、国際獣疫事務局(OIE)からも「無視できるリスク」の国に認定されている。厳密に言えば、「BSEの犠牲者」がヒトで生じたとは断定されておらず、ヒトに被害を広げる「懸念」の問題であった。

 第2に、そのvCJDが英国で確認されたのは「1996年」ではなく「1995年」のことである。1996年3月には、英国CJD諮問委員会がvCJD とBSEとの関連を示唆しており、「懸念」が報じられたのはそれより少し前、という時制になる。こうした状況の中で、牛肉の消費は1995年末から大幅に低下し始めるが、これに反して、生乳の取引価格は1995年から1996年を通して高水準を維持している。

 第3に、MMJのコラムでは、BSEの発生により「乳製品の輸出は止まり」とあるが「乳製品の輸出は止まっていない」。OIEによる国際規則上、乳製品は輸出規制の対象とはならない。現に、英国の乳製品の輸出額をみると、1994年6.9億ポンド、1995年8.2億ポンド、1996年7.4億ポンド、1997年7.5億ポンドと安定的に推移している。以上のとおり、BSEの発生により乳製品の輸出が止まり、価格が下落したというのは明らかに事実に反する
 そもそも英国は牛乳乳製品の自給率が80%強しかない乳製品の純輸入国であり、もともと乳製品の輸出は少ない。しかもこの当時、英国にはEUの生乳クオータ(生産枠)制度に基づく国別の生産枠が課されており、生産・貿易ともに安定的に推移していた期間でもある。

 第4に、MMJのコラムが言う、生乳取引の「価格は大幅に低下した]時期とは、vCJDが確認された1995年ないしBSEとの関連が示唆された1996年3月ではなく、1997年の春になってからのことである。
 その原因は、英国のMMB制度が廃止された後、一元集荷多元販売などの法的権限を持たないミルク・マークという酪農協(共販組織)によって導入された乳価形成システムへの乳業メーカーの反発や、酪農家との直接取引契約の拡大により乳業メーカーがミルク・マークの組織力の切り崩しを図ったことなどにある。BSEが生乳取引価格低下の原因だとするならば、vCJDが確認されて国民がパニックになったとされる95年ないし96年に急落しなければならないが、95年から96年はその前後の年と見比べても、最も高い水準を維持していた期間である。
 なお、MMB解体直後の約2年間、生乳取引価格が高水準を維持した背景とは、ミルク・マークが多種類により構成した、生乳の複雑なサービスタイプ別の契約方式に対し、この得失を慎重に見極めていた乳業メーカーが、生乳の安定調達を優先する契約方式の入札に集中するとともに、同様の目的から乳業メーカーが酪農家の囲い込みに走ったことなどによる。

 以上のとおり、事実誤認を数点指摘する。コラムを書く最低限の作法として、論旨の根幹を成す事実関係については、確認や裏取りが不可欠であろう。一般論として、誤認や虚偽に基づく意見展開は、そう主張する動機に不純な意図があるのではないか、という疑念を招きかねないものであることを、老婆心ながら指摘しておきたい。(研究会員P)










プロフィール

酪農乳業関連制度研究会

Author:酪農乳業関連制度研究会
 私たちは、規制改革会議による指定生乳生産者団体制度に関する提言等について、ある雑誌の特集に様々な立場から論考を執筆した者及びその特集内容に共感する有志です。
 特集では、それぞれに立場は異なるものの、一致して規制改革会議の運営の仕方や提言等について根本的な疑問を共有していることがわかりました。このため、関係者ばかりでなく一般の方々にも、私たちが何を問題としているのかを理解していただきたく、意見を表明することとしました。

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