規制改革会議・指定生乳生産者団体制度改革論議を糺す

 平成28年9月2日
          規制改革実施計画の推進に対する意見

酪農乳業関連制度研究会
共同代表 東京大学 矢坂雅充
共同代表 京都大学 新山陽子
 本年5月に公表された規制改革会議の答申において、指定生乳生産者団体(以下「指定団体)については、「指定団体の是非や現行の補給金の交付対象の在り方を含めた抜本的改革について検討し、結論を得る」とされており、また、本答申の1ヵ月前の4月に公表された提言には、指定団体制度の廃止等が盛り込まれています。
 規制改革会議の答申・提言は、一昨年のバター不足問題の原因を酪農の「指定団体制度」に求める結論となっています。しかし、指定団体改革が進展するまでもなく、課題とされたバターの需給事情や酪農家の所得は現在、既に大きく好転しています。このことは、規制改革会議で展開された議論が、果たして的を射ていたのか、大きな疑問を投げかけるものといえましょう。
 一方で、日本の酪農・乳業の産業実態とかけ離れた議論が行われた結果、規制改革会議の「指定団体制度の廃止」提言に基づく改革を、仮に、提言のとおりに行えば、規制改革会議がいう「酪農家の所得向上」という目的とは裏腹に、酪農家の所得は全国的に低下し、また消費地から遠くにある主産地を中心に生産は縮小し、ひいては乳業をはじめとする関連産業の衰退も懸念されると考えます。この結果、消費者に安全でおいしい国産のバターをはじめとした牛乳乳製品の安定的な供給に、より一層支障をきたすことも懸念されます
 酪農を基礎産業とした関連産業に従事する人々には、国民に対して国産の安全な牛乳乳製品を安定的に供給する責任があります。このため、今秋までの結論を求めた実施計画の推進に当たって、規制改革会議による議論の不備を是正した偏りのない公正・公平な論点の再検証を行うよう強く求めます

 提言の中には数多くの問題があると認識していますが、ここでは4つの論点に絞って、その理由について簡潔に説明します。 (※ この「意見」に関する補論など、関係記事の一覧はこちらへ。)

1 規制改革会議の委員構成の問題点
 規制改革会議では、牛乳・乳製品の生産・流通等に関する規制改革のような専門的な事項については、農業ワーキンググループ(WG)において議論される仕組みとなっています。しかしながら、農業WGには牛乳乳製品の生産・流通に関する豊富な知見を有する委員はたった1名に過ぎないばかりでなく、事務局にも全くいません。
 このような委員構成の中で議論されれば当然予想されるとおり、規制改革会議の提言は、当該委員の考え方そのものであると理解しています。言い換えれば、全国1万7千戸の酪農家と関連産業従事者の命運を左右する重大な改革が、たった1人の専門家の意見によって決められた経過となっています。しかし、「提言」のとおり改革(指定団体の廃止)を実行した場合、どうして規制改革が目指す目的(生産基盤の維持・回復、酪農家の所得向上)が果たされるのか、国内酪農・乳業で専門的な実務を担う関係者の圧倒的多数が「その論理を全く理解できない」という異常な状況となっています
 私たちは、このような重要な制度の改正の検討を行う場合、当然のことながら、牛乳乳製品の生産・流通に関する豊富な知見を有するバランスのとれた複数の学識経験者や、制度の改革によって大きな影響を受けるであろう当事者も委員に加え、「現実に即した」幅広い議論を行うべきと考えます

2 ヒアリングの対象者選定の問題点
 上記のような事情を背景に、規制改革会議の「提言」は、ほとんどの関係者が共有する主流(サイレント・マジョリティ)の意見とは異なり、また産業実態のバランス上からも著しく偏った意見を無条件、無批判に重用した「偏向」を生じています。
 私たちは、このような重要な制度の改正の検討を行う場合、当然のことながら、関係者が共有する主要な意見の割合に十分に配慮し、バランスよく幅広い意見を聞いた上で慎重に判断すべきものと考えます

3 目的とは真逆の結果が予想されるという問題点
 私たちが最も問題ありとするのは、規制改革会議の提言が酪農や牛乳乳製品の生産・流通の実態面をあまねく理解しているわけではないたった1人の委員の意見のみを反映して決められた結果、提言がどのような影響を実態経済面に及ぼすことになるのか十分に評価・分析されていない点です
 生乳を生産するほとんどの酪農家も、生乳を購入して牛乳乳製品を生産・販売するほとんどの乳業者も共通して、提言のとおり改革を行えば、規制改革会議がいう目的とはまったく反対に生産は縮小し、酪農家の所得は低下するとみているという事実を「深刻に受け止めていただきたい」と思います
 提言のとおり、既存の指定団体より高い乳価で生乳を販売したいという生産者が新たな指定団体のような組織を自由に作れる仕組みとした場合、消費地や飲用牛乳工場から遠くにある主産地(加工原料乳地域や離島等)の生産者ほど輸送コストがかさむため不利になり、地方創生どころか地方における離農が加速化するものと考えられます。加えて、価格の高い飲用市場に需要を超えた生乳が流れ込むことから、飲用乳価は当然低下すると予想されます。それは、とりわけ都府県における生産の縮小を加速させ、消費者にとっては「一時的に」牛乳価格の低下という恩恵をもたらしますが、国内酪農の縮小を加速させる結果、国産のバターなどの乳製品の供給にも深刻なダメージを与えかねません。
 また、指定団体は、天候、季節、学校給食の有無などにより生産も需要も日々変化する中で、乳業者との協力の下、地域的にも過不足が生じないよう生乳の需給調整を日々行いながら消費者に安定的に牛乳乳製品を供給する重要な役割を担っていますが、この重要な機能が発揮できなくなるおそれがあります。
 与党である自民党は、昨年、酪農家の所得を向上させるという同じ目的のために、農水省をはじめとする関係者から意見を聴取の上、規制改革会議とは真逆の生産者組織の再編統合・強化を推進する旨のとりまとめを行い、今まさにその推進中にあります。この制度をめぐる、国の中枢での議論の結果が「制度廃止」と「制度強化」の両極端に分かれている現状は、この制度に関する議論が十分に尽くされておらず、国民・消費者の「利益」に対して、真摯な方向性が定まった状況とは程遠い事実を如実に物語っているものと考えます。
 (※「3 目的とは真逆の結果が予想されるという問題点」の詳細はこちら

4 提言は生産者間の不平等を助長するという問題点
 指定団体について、生乳販売市場を独占しているとの誤解があります。すなわち、生乳を生産すれば、高い飲用向けで売れない分は安い加工向けに回す必要があります。その加工原料乳の価格面での不利性・リスクに対し、政策的な支援を求める生産者が「自由意志」により指定団体を構成し、リスク負担を参加農家全体で平等に分け合うシステムが指定団体による生乳の共販体制であり、それを補うために補給金が交付されています。このようにほとんどの生産者が価格面での不利性や過剰時における減産のリスクを含めて加工原料乳の供給を引き受けるからこそ、いわゆるアウトサイダー(指定団体による生乳共販に参加しない、自由取引農家)の生産者は飲用向けに限定した販売が可能となり、高い乳価を享受しているのです。
 規制改革会議の提言は、このような指定団体の需給調整及び傘下の生産者の負担に依存し、飲用向けに限定して生乳を販売し高い乳価を享受している生産者にも補給金を交付するようにせよという内容ですが、これではリスク負担を負わぬ者に国費でリスク補填を行うという意味で、生産者間の不平等を助長する制度を政策的に構築することになります。いわば保険の掛け金を払わぬ者にも保険金を払えと、保険会社に命じるようなものだといえるかもしれません。これが経済合理性・政策合理性を有するものだといえるでしょうか。
 飲用向けと加工向けの乳価をプールし、同一地域内の生産者の乳価を平等にする制度は日本に限ったものではなく、自由主義を標榜する米国やカナダでもほぼ同様の制度となっています。言い換えれば、生乳の腐敗しやすいという商品特性を反映して、世界的には、同一地域の生産者の乳価を平等にするのがイコールフッティング(競争を行う際の諸条件を平等にすること)だということです。EUの直接支払い制度を過度に礼賛する論調も見受けられますが、EUでは国際的な需給変動とともに、数年おきに酪農家が暴動やデモを繰り返しており、近年では、日本における指定団体制度にも似た「新たな生乳共販制度」を模索する議論も活発化している現実があります。(※「4 提言は生産者間の不公平感を助長するという点」の詳細はこちら)




「酪農乳業関連制度研究会」について

 私たちは、酪農乳業関連制度に関する研究を行う者及び酪農乳業関連産業に従事する者の有志による組織横断的な連携によって、この「議論」の正常化を目指すことを目的に、このブログを立ち上げました。
 このたび、「農業と経済」(昭和堂)2016年9月号において、同誌から「規制改革議論の現場と実像」―第1部・生乳流通再編をどうみるか―と題する特集が掲載され、その執筆者とともに、特集内容に共感を有する有志により構成されています。
 当該特集では、事前の打合せもなく、研究者、生産者、乳業者、消費者等それぞれに異なる立場から自由に論考などを行いました。
 ある程度予想はしていたものの、結果として同誌が発行されてから判明したのは、それぞれの異なる立場を超えて、共通して規制改革会議の提言・答申に大いに疑問を呈する内容になっていたという事実です。
 そこで私たちは、規制改革会議自体、会議の運営の仕方、及び提言の抱えている根本的ともいえる問題点について、一般の方々にもご理解いただけるように論点を4つに絞って「規制改革実施計画の推進に対する意見」としてとりまとめ、公表することとしました。大手マスコミが酪農乳業に関する基礎的な知識を踏まえた正確で客観的な報道を行わず、農業・農協一般に対してよく用いられる的外れでステレオタイプな論評しか掲載しない中で、酪農乳業関連産業従事者はもちろんのこと、少しでも多くの心ある一般の方々にも規制改革会議やその提言等の何が問題なのかをご理解いただけることを願うものです。
 私たちは、規制改革会議における議論、提言等について逆に検証するとともに、私たちのもつ当然の疑問に対して、規制改革会議に説明責任を果たしていただきたいとも考えています。
 みなさまには、私たちの意見をご一読いただき、自由にご意見をなど寄せていただければ幸いです。
 また、賛同していただける方は、是非「拍手!」をクリックしてください。さらに、強く賛同される方は、賛同者の一員として是非、名前を連ねていただくよう期待しています。名前を連ねていただける方々には、コメント欄に職業又は企業名、役職、氏名などをご記入いただければ幸いです。


酪農乳業関連制度研究会
共同代表 東京大学 矢坂雅充
共同代表 京都大学 新山陽子










記事更新情報(2016/11/14)



記事更新情報(2016/11/14更新)

2016年11月14日
 当研究会の会員にも名を連ねていただいた、北海道大学大学院 農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 食料農業市場学研究室の清水池義治 講師より、現在の指定生乳生産者団体制度改革を考えるポイントを整理した「資料」のご提供をいただきました。
 こちらのページで、清水池先生から当ブログ読者に向けて寄せられた文章とともに、資料「指定生乳生産者団体制度改革をどう考えるか」のPDFファイルデータを読者にご提供します。


2016年11月13日
 このブログにも概要を収録していますが、酪農乳業界の関係者が10月前半に行った、英国におけるMMB制度改革の視察調査結果に対し、株式会社MMJが自社ホームページ上に掲載しているコラム「結果ありきの調査団報告」に関し、研究会の会員から当該コラムにおける複数の「事実誤認」に関し、反論コメントが寄せられましたので、新記事「英国の制度廃止の影響に関するMMJの言説は事実に反する」として掲載しました。

2016年10月25日
  「解説」カテゴリーに新たな記事「指定生乳生産者団体制度の改革論議に『よく出る言葉』について」を掲載しました

 順次、掲載内容を追加していた、「制度理解の前提として考えるべき『酪農の事情』」の全文アップが完了しました。 

2016年10月20日
 酪農乳業関係者が、日本の指定団体制度改革の「先進事例」となる、英国の生乳取引制度改革の現状に関し、現地調査を行ったそうで、同行した研究会員から、その調査結果の概要に関する報告が寄せられました。「この改革論議は『英国の轍を踏むもの』ではないのか」との標題で、この全文をアップいたしました。 
 
 また、「制度理解の前提として考えるべき『酪農の事情』」 も随時、内容を追加掲載中です。
 
2016年10月16日
 新カテゴリー「解説」欄を設置し、「制度理解の前提として考えるべき『酪農の事情』」の掲載を順次開始します


2016年10月09日
ブログ読者からの投稿メールより」欄に、ご意見を一つ追加しました。

2016年10月03日
「ブログ読者からの投稿メールより」欄を開設しました。

2016年09月23日
  20日より順次掲載していた「4.提言は生産者間の不公平感を助長するという点」に関する「補論」の記事アップを完了しました。

2016年09月20日
  「4.提言は生産者間の不公平感を助長するという点」に関する「補論」を順次追加中です。

2016年09月20日
  15日より順次掲載していた「3.目的とは真逆の結果が予想される点」に関する「補論」の記事アップを完了しました。
  さらに本日より、「4.提言は生産者間の不公平感を助長するという点」に関する「補論」の順次掲載を開始します。

2016年09月17日
  15日より順次掲載中の下記「補論」をさらに追加しています。

2016年09月16日
  15日より順次掲載を開始した、下記の「補論」を追加しています。

2016年09月15日 
  「規制改革実施計画の推進に対する意見」(注・トップページ掲載)に関し、「3.目的とは真逆の結果が予想される点」に関して、「補論」の掲載を順次開始します。








プロフィール

酪農乳業関連制度研究会

Author:酪農乳業関連制度研究会
 私たちは、規制改革会議による指定生乳生産者団体制度に関する提言等について、ある雑誌の特集に様々な立場から論考を執筆した者及びその特集内容に共感する有志です。
 特集では、それぞれに立場は異なるものの、一致して規制改革会議の運営の仕方や提言等について根本的な疑問を共有していることがわかりました。このため、関係者ばかりでなく一般の方々にも、私たちが何を問題としているのかを理解していただきたく、意見を表明することとしました。

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