この改革論議は「英国の轍を踏むもの」ではないのか

 研究会の共同代表である矢坂先生をはじめ、酪農乳業関係者が日本で現在、規制改革推進会議で議論されている方向と極めて酷似した生乳流通改革の先進事例である、英国の生乳取引・流通改革の結果に関して、この10月、緊急に現地調査を行ったそうです。調査に参加した会員の方から、調査の概要報告を当研究会にお寄せいただきましたので、公開します。(2016年10月20日公開)


英国のMMB解体に関する緊急報告

1 規制改革会議提言は真逆の結果を招くことを英国で確認

 規制改革推進会議農業ワーキンググループ(WG)が、10月13日から牛乳・乳製品の生産・流通について検討を開始する中、先週、英国を訪問してミルク・マーケティング・ボード(MMB)の解体過程について調査する機会を得たので、その概要を緊急に報告します。調査はJミルクが企画し、10月10~13日、酪農乳業関係企業、団体の関係者で行ったものです。

 MMBは1933年に設立され、約60年後の1994年に解体されました。MMBの主な機能は、生乳の一元集荷多元販売とこれに伴う生乳の需給調整、生乳流通の合理化、さらには乳業者との交渉による用途別生乳価格の決定、生産者へのプール乳価での支払いなどであり、日本の指定団体の有する機能とほぼ同じと言っていいでしょう。

 したがって、英国のMMBの解体は、日本の指定団体から指定をはずし、新たな組織の設立を自由に行えるようにすることとほぼ同様の規制緩和対策でした。その結果、英国の酪農家、乳業メーカー、そして小売業にどのような影響を及ぼしたのかを検証すれば、規制改革会議の提言が日本の酪農乳業にどのような影響を及ぼすことになるか、ほぼ予測することができるものと思われます。

 なお、英国で生産される生乳の約50%は飲用に仕向けられ、自給率は80%強と、ヨーロッパの中では最も日本の市場構造に近似しています。

 今回の調査で得られた英国における規制緩和対策の結果を順不同で箇条書き風にまとめれば、次のようになります。
1 用途別乳価が維持できなくなり、単一乳価に
 MMBによる一元集荷多元販売・需給調整の機能が失われたことにより、用途別取引が維持できなくなり、飲用向け・加工向けなどの用途別格差のない単一乳価となった。
2 酪農協を設立したものの、酪農家の離脱が加速化
 MMBの解体に伴い、その後継組織として酪農協が設立されたものの、一元集荷多元販売という独占力を失ったため取引乳価は次第に低下し、それに伴い生産者の酪農協からの離脱が加速化していった。酪農家の離脱により酪農協の競争力はさらに低下し、取引乳価が低下するという悪循環に陥った。
3 商系乳業メーカーは工場近隣の酪農家から生乳を調達
 生乳流通(輸送)コストのプールがなくなり、用途別の乳価格差もなくなったこと、さらには生乳を安定的に確保するため、商系乳業メーカーは飲用乳向け・加工向けにかかわらず、直接取引等により近隣の酪農家から生乳を調達するようになっていった。(注:現在、約6割が直接取引)
4 乳価は急落し長期低迷
 酪農協により提案された契約タイプ別の乳価形成方式により約2年間はそれまでの飲用向けの乳価水準を維持できたものの、その後乳価は急落し、最も低いバター・脱脂粉乳向けの加工乳価水準にまで低下し、常態的に張り付くようになった。しかも、その低下幅は大きく、わずかの期間に3割以上もの低下を示した。
5 小売価格は下がらず、酪農家の生乳販売価格だけが低下
 乳価は加工向けの下限値水準まで低下したものの、飲用牛乳の小売価格は下がらなかった。乳業メーカーの取り分にも大きな影響はなかったことから、結果的に、酪農家の所得が小売業に移転されただけという結果となった。

 以上のとおり、MMBの解体という規制改革により、英国の酪農家の所得は大幅に低下し、酪農経営の将来性を悲観した酪農家の離農が加速しました。乳業メーカーの過半が外国資本に置き換わり、消費者ニーズに応じた生産どころか、酪農乳業を小売業が支配する体制が出来上がってしまったというのが、酪農家や乳業団体関係者の声でした。その上で、彼らは自らの苦難の経験を踏まえて、日本は英国と同じ轍を踏むべきではない、との強いアドバイスをいただいたことを読者や規制改革推進会議の委員の皆様に伝えたいと思います。

 英国におけるMMBの解体という規制改革は、ほぼ3「目的とは真逆の結果が予想されるという点」に関する補論で詳述したとおりの結果であったといっていいでしょう。推測のみで空理空論を述べたわけではないことが事実によって証明されたものと思っています。以前の「規制改革会議」では、生乳の生産・流通の大宗を担う実務責任者の真摯な意見に十分に耳を貸すことはなく、このような他国の先行事例を調査・分析し、提言から予想される結果について検証することも全くありませんでしたが、名前を改め新たに設置された「規制改革推進会議」においては、真摯に対応していただきたいと思います。規制改革推進会議の賢明なる委員の皆様には、全国の17千戸の酪農家と関連産業の命運を左右する大きな改革について検討しているのだという責任感の重さを改めて認識していただき、慎重に検討していただくよう切に願うものです。


2 英国の酪農乳業関係者は、MMBの下での安定した生産や経営の方が望ましい、日本は英国の轍を踏むべきではないとの考え

 ここでは、今回の調査を通して聞いた、英国の酪農乳業関係者の生の声を紹介したいと思います。

Dairy UK (英国の乳業団体 政策部長)ピーター・ドーソン氏
 MMB解体の動機のひとつとして、英国の酪農家は他のEU諸国の酪農家よりも利益を得ていないのではないか、という一部の酪農家による不満があった。他方、乳業者側は、制度の変更の必要性はないとの立場であった。生産者が求めていたのはMMBをなくすことではなく、乳業者側の交渉相手であるDairy Trade Federationによる独占交渉の権限をなくしたいというものであった。それが実現できれば、加工向けも含めて、生乳取引価格は最も高い飲用向け乳価水準に引き寄せられるに違いないと見込んでいた。しかしながら、結果は全くの逆で、最も価格の低い加工向けの乳価水準に張り付くこととなってしまった。
 MMBの一元集荷多元販売の権限が失われたとから、用途別乳価は維持できなくなった。生乳は単一乳価となり、国際商品市場などの影響を強く受けるようになり、短期間に3割以上も急落した。加工向け水準にまで低下した乳価は、2007年に乳製品の商品市場価格が急騰するまでの約10年もの間、低迷したままだった。その後も短期間に大きな変動を繰り返しており、ミルクサプライチェーンの安定という点で、消費者にも、小売業にも、乳業にも、そして酪農家にも、望ましい姿にはなっていない。
政府は「競争を促し酪農と乳業の体質を強化する」ことを目指したが、英国の乳業者の過半は外国資本に市場を明け渡してしまった。MMBは基本的に間違ってはいなかった。生乳流通も効率的であった。こうした経験を踏まえると、今でもMMBが望ましいシステムであったと考えている。

酪農家(ヨーロッパ農業者連盟酪農委員長)マンセル・レイモンド氏
 (ウェールズ・ペンブロークシャーで620頭の乳牛を飼養、農地1500ha)
 MMBの解体を進めた要因のひとつが生産者にあるのは確かであり、自分も若かったのでそうすべきだと思っていた。しかし結果はまるで違っていた。生乳の生産・流通に関する基礎的な知識が足りなかった。MMB解体以降、乳価の国際商品市場との連動性が強まり、酪農経営は極めて不安定となり苦労した。乳業は北欧のアーラフーズに買われてしまった。比較的安定している飲用市場への酪農家の生乳出荷志向が強まり、小売業からの影響を強く受けるようになった。結果的には、酪農家も乳業も市場からの強い支配を受け、産業としての体質は弱まっている。
 本当に日本の酪農を守りたいならば、日本は英国と同じ過ちを繰り返してはならない。酪農の産業的特質を政府に理解させる必要がある。当時、自分も含め、英国の若い酪農家は、新しい変化に対して希望を抱いたのは確かである。しかし、結果的には小売業の強い影響を受ける構造になってしまい、酪農経営の自立性は弱まってしまった。

酪農家(農家民宿も経営)ドナルド・タイソン氏
 (イングランド・チェスター近郊で300頭の乳牛を飼養、農地200ha)
 9年間の実習等を経て、約30年前にリース方式により新規就農した。それからまもなくしてMMBの解体があった。MMBが解体されて2年間は乳業メーカーによる生産者の囲い込み(直接取引)もあり、高い乳価が維持された。しかしながら、その後乳価は急落し、世界的に商品市場価格が回復するまでの何年もの間、乳価は低迷したままだった。もし、妻が教師としての農外収入を得ていなかったなら、そして馬が高く売れなかったなら、酪農を続けることはできなかったかもしれない。近隣の酪農家も経営に苦しみ、多くの仲間が去っていった。収入を確保するために増産すると、さらに乳価が下がるという悪循環に陥った。MMBの解体(権限喪失)により酪農家の所得は減少し、生産基盤は弱体化し、消費者ニーズに応じた生産どころか、酪農家は乳業メーカーや小売業の下請け、言いなりになってしまった。
 酪農は他の農業に比較しても変化への弾力的対応に限界がある。乳牛を増頭したり飼養技術を変えたりして経営革新を行いたいが、その効果を出すには3年以上はかかる。しかし、現状のように乳価が変動し経営が不安定な状況では、経営計画を立てることが難しく、投資ための融資も受けられない。どんなに意欲的な経営者でも、変化に極めて弱いという酪農生産や生乳流通に特有の構造的課題に対処できなくなる。
これまでの経験を踏まえると、MMBは最も安定した望ましいシステムであり、可能なら今からでも戻すべきだと思う。価格が安定 して見通しが立つので、投資がしやすく、銀行も融資してくれる。日本は英国の轍を踏んではならない。


3 MMBと指定団体の相違点

 1では、英国のMMB解体による影響が、ほぼ3「目的とは真逆の結果が予想されるという点」に関する補論で詳述したとおりの結果であったとしましたが、厳密にいえば、用途別乳価が維持できなくなり単一乳価になるなど、異なる点もありました。それは、英国のMMBと日本の指定団体では、いくつかの点で機能などが異なることが原因だと思われます。具体的には次のとおりです。

 第1に、MMBは域内で生産されるすべての生乳について一元集荷多元販売する権限を付与されているのに対して、指定団体への参加は酪農家の自由意思に委ねられているという点です。このため、日本の酪農家の指定団体への参加率は約97%となっています。

 第2に、MMBの一元集荷多元販売は地域内完結型であるのに対して、指定団体は他の指定団体の管轄する地域の乳業メーカー(工場)に生乳を販売することができるという点です。このため、隣接する地域同士の指定団体間などでは、乳業メーカーへの生乳販売をめぐる競争が行われています。

 第3に、MMBの下では用途別取引により飲用向け・加工向けの乳価が異なりますが、指定団体においては用途別に乳価が異なるだけでなく、加工原料乳には補給金が交付されるという点です。このため、飲用向け市場に限定して生乳を販売しようとする生産者との実質的な乳価の格差が小さく、需給調整のリスクや加工原料乳の価格面での不利性を負担する指定団体への酪農家の参加率の維持に貢献しています。

 以上のとおり、英国のMMBが極めて厳格に生乳を管理していたのに対して、日本の指定団体の方が規制は緩やかであり、指定団体と指定団体に参加しない生産者との間や指定団体間で、一定の競争が行われている点が異なっているといえます。また、補給金については、生乳の需給調整のリスクと加工原料乳の価格面での不利性を補うものとして交付されているものですが、大手マスコミなどで報道されているように、補給金がほしくて指定団体に参加している生産者はほとんどいないと思われます。アウトサイダーの生産者が飲用向けに限定して生乳を販売することにより高い乳価を享受しているのに対して、インサイダーの生産者は、加工原料乳の生産と需給調整を引き受ける結果として補給金が交付されているに過ぎず、それでもアウトサイダーの生産者よりも手取り乳価がやや低いというのがほとんどの酪農家の認識ではないかと思われます。

 制度としての安定性から言えば、新しい組織ができて補給金の交付対象となることよりも、むしろ新しい組織が需給調整の義務を負わないことの方がより問題は大きいのではないかと考えられます。現行の指定団体は、酪農家が自由意思により結束し、互助精神により需給調整の義務を自主的に負っているため、仮に新しい組織ができて飲用市場を侵食するようになったとしても、需給調整と用途別取引を維持すべく努力するものと思われます。したがって、英国のようにすぐに用途別乳価が維持できなくなり、単一乳価になることはないかもしれません。しかしながら、既存の指定団体からクシの歯が欠けるように、酪農家が新しい組織を設立あるいは新しい組織に移行しはじめれば、既存の指定団体がそのしわ寄せをすべて引き受けて需給調整を維持することは困難となり、用途別乳価も維持できなくなると考えられます。このため、早晩、英国のように単一乳価に向かうことになるものと想定されます。ここで留意すべきは、単一乳価となれば、加工原料乳に限定した補給金という考え方そのものが意味をなさなくなる点です。これだけでも様々な混乱が予想されます。








3「目的とは真逆の結果が予想されるという点」に関する補論



 望外に多数のアクセスとともに、様々なコメントをいただきありがとうございます。
 私たちの意見に賛成であれ反対であれ、実体経済に大きな影響を及ぼす制度改革を行うならば、現実に即した幅広い議論が必要であると考えます。酪農(生乳生産額7千億円)、乳業(牛乳乳製品生産額2兆2千億円)というダイナミックな産業は、特定の仮説を試行する社会実験の場としては経済規模が大きすぎます。制度改正を行うならば、実務に責任を有する関係者の意見をよく聞いた上で、制度改正により影響を受けるであろう関係者のだれもが納得できるよう、実態経済面への影響について慎重な検証・分析を踏まえて行うべきであると考えます。
 このブログが、規制改革会議では残念ながら実現できているとは思えない、偏りのない公正・公平かつバランスの取れた真摯な議論の場となり、規制改革会議のあり方や提言、規制改革実施計画などの方向性を、真に日本の酪農の発展に資するものに見直すきっかけとなることを切に願っています。
 ここでは、可能な限り簡潔を旨とした、ブログトップページ掲載の「意見」では十分に触れることのできなかった3「目的とは真逆の結果が予想されるという点について、「農業と経済」における論考などを踏まえ、以下に順次、やや詳しく触れてみたいと思います。


3 「目的とは真逆の結果が予想されるという点」

1  酪農生産適地が輸送コスト面から不利に

  ここでの議論の前提として、生乳は用途別に価格が異なっており、その中でも飲用乳価が最も高くなっている理由について理解する必要があります(注:飲用向け乳価 約115円/kg、バター等の加工向け乳価 約75円/kg)。飲用乳価が最も高い水準で維持されているのは、生鮮向け(野菜や果物など)が保存性の高い加工向け(漬物向けや果汁向け)よりも高いという食品一般に共通する需給面での理由のほか、指定団体が乳業メーカーと連携・協調して用途別の需要に応じた的確な配乳を行い、飲用向けへの生乳供給を需要に応じた水準に調整しているからです。スーパーで牛乳の売れ残りをほとんど見ることがないのはこのためです。

  このような中で、規制改革会議において議論されているように、指定団体制度を抜本的に見直して、既存の指定団体より高い乳価で生乳を販売したいという生産者が新たな指定団体のような組織を自由に作れる仕組みとした場合、どのようなことが起こるでしょうか。この場合、消費地に近く、かつ、飲用牛乳工場に近い地域で生乳を生産している酪農家・新組織ほど有利になるはずです。なぜなら、最も乳価の高い飲用向けに限定して生乳を販売することができることに加え、輸送コストも安く済むからです。

  他方、北海道の道北など消費地から遠くて近隣には乳製品工場しかない地域や、鹿児島県の種子島のように離島のため生乳輸送コストが高くならざるを得ない地域の生産者はどうなるでしょうか。考えるまでもなく、そのような地域で酪農を営む生産者は圧倒的に不利になります。例えば道北の場合、近くには乳価の安い乳製品工場しかありませんし、離島の場合、乳価の高い飲用牛乳工場には相当のコストをかけて海を越えてまで運ばなければなりません。このため、このような地域での生産は衰退に向かうでしょうし、結果的にバターなどの乳製品の生産も減少し、都市近郊酪農だけが生き残る事態ともなりかねません。

  一方、輸送コスト面などに大きな不利を抱えるこれら地域は土地条件の制約が比較的少ないため、経営規模の拡大や自給飼料の生産にも適しています。また、都市部や住宅地から離れ、広大な農地を利用した自給飼料生産には、家畜排泄物を堆肥として有効に活用することにより環境問題による近隣住民との軋轢も少ないため、酪農生産の適地といっていいでしょう。都市近郊での畜産環境問題の発生を抑制するため、政策的にもこのような適地での生産を一貫して推進してきたはずですが、このような政策の大きな流れとも矛盾してしまいます。


2 都市近郊酪農には、飲用向け生乳の供給過剰によって乳価の低下圧力がかかる

 それでは、都市近郊酪農は得をするのでしょうか。議論を単純化すると、多くの生乳が最も価格の高い飲用向けでの販売を目指して集中し、指定団体による生乳の用途別需給調整が機能しなくなればどうなるか、ということです。

 現在、生乳の国内生産は約740万トンで、飲用向けが約400万トンですが、この400万トンの飲用向け市場に、次第に740万トンの量的な圧力がかかることになります。この場合、需要(市場の必要量)を超えた生乳が飲用市場に流れ込むことから、飲用向け生乳の供給が大幅に需要を上回り、飲用乳価は当然低下するでしょう。指定団体による用途別の需給調整が行われなければ、需要に対して生産が大幅に不足しているといわれる現状においても、飲用向け生乳は供給過剰になってしまいます。

 いわゆるアウトサイダーの生産者が飲用向けの高い乳価を享受できているのは、皮肉にも、指定団体によるこのような需給調整のお陰で、他の用途よりも飲用向けの乳価水準が恒常的に高い市場が創出されているためです。しかも、指定団体傘下の生産者が、飲用に仕向けられなかった生乳について、加工原料乳の価格面での不利性や過剰時の生産調整(減産)のリスクを引き受けているからでもあります。

 したがって、規制改革会議の中で議論されているように、既存の指定団体より高い乳価で生乳を販売したいという生産者が新たな指定団体のような組織を自由に作れる仕組みとし、その新たな組織が飲用牛乳工場に近いなどのメリットを活かして飲用向け市場に割り込めば、そのしわ寄せはすべて既存の指定団体とその傘下の生産者が受けることになります。


3 さらに、飲用として売れない余乳が生産者の足を引くことに

 他方、指定団体による日々のきめ細かな需給調整が行われなくなると、飲用市場に国内生乳が集中する結果、乳製品工場が極めて少ない都府県の消費地域では、飲用向けの需要を超えて行き場を失った余乳がゲリラ的に発生することになりかねません。つまり前述した「飲用市場への生乳の集中」の次には、「売れなかった飲用向け生乳が、踵を返して数少ない乳製品工場に向かう」事態が生じることになります。

 指定団体制度が機能している現在は、各地域の指定団体と全国連との連携によって合理的な集送乳がなされ、余乳はコストの観点からも最適と考えられる乳製品工場(北海道を含む)でバターなどの乳製品の生産に仕向けられています。しかし、それができなくなると、乳製品工場の少ない都府県で行き場を失い、生乳(余乳)が廃棄されるリスクも高まると予想されます。なぜなら加工原料乳を支援対象とした現行制度が、半世紀に及ぶ歴史を通じて、この制度の下で最も効率的な産業機能配置の観点から、消費地に遠く生乳生産が豊富な北海道へと乳製品の加工処理機能の集中を誘導し、逆に消費地である都府県では乳製品工場が数の上でも加工能力の上でも極めて小さいものへと縮小に導いていったためです。

 さらに、現行制度の下では北海道で乳製品向けに供給されていたはずの生乳の一部が都府県に向かう結果、北海道内で乳製品向けの生乳が不足し、道内の乳業工場の操業効率が低下する展開も予想されます。そもそも産業の「基本」として、北海道などのように大消費地から遠い地域で生産された生乳は、牛乳よりも保存性の高い乳製品に加工して、供給の時期や量を調整しつつ大消費地に供給することが合理的でもあります。

 このように需要を超えて飲用市場に生乳が集中する結果、行き場を失った生乳が仮に廃棄を免れたとしても、余乳として応急的に委託加工された乳製品は品質が著しく劣ってしまうため商品としての価値が低く、割り増しコストも要しているため生乳に換算した価格は通常の加工向けの価格とは比べようもないほど低いものとなります。しかも、メーカーはこのような乳製品を在庫として持ちたがらないため、委託加工した乳製品は生産者側の引き取りが条件となるケースがほとんどです。


4  そして、生産者も消費者も得をしない世界へ

 結果的に、先に述べた飲用向けに生乳が集中することによる乳価の低下とあいまって酪農家の所得は低下し、バターなどの乳製品の生産も少なからず減少するものと思われます。

 このように、バター不足に端を発して、それとは無関係の指定団体制度を廃止すれば、規制改革会議のいう目的(生産基盤の維持・回復、酪農家の所得の向上、バター不足の解消)とは全く反対に、主産地を中心に生産は縮小し、日本全体の酪農家の所得は減少し、バター不足の解消どころか、不足に拍車をかけることにもなりかねないと考えています。

 読者の皆さんにご理解いただきたいのは、規制改革会議の提言が出たとき、実務を担っている関係者が口をそろえて「そんなバカな理屈があるものか」と一刀両断にし、あまりの見当違いに苦笑していたという事実です。第三者委員会が流行のご時勢ですが、「餅は餅屋」という言葉を軽視してはいけません。


5 バター不足の原因と指定団体の機能について(補足説明)

 ここで上記の補足的説明として、バター不足の原因と指定団体制度についても簡単に触れておきましょう。

 まず、バターの不足ですが、これは牛乳乳製品の需要に対して生乳生産が不足したために生じたものです。そのための対応策として国家貿易制度によるバター等の乳製品の輸入という仕組みが措置されています。残念ながら、一昨年は、国家貿易制度の運用が量とタイミングの点で十分に適切でなかったために、小売店頭においてバターの不足という現象が生じてしまったのでしょう。また、このことがマスコミによって報道されたことが消費者の買い急ぎを誘発し、不足に拍車をかけてしまった面もあるのではないかと思われます。

 次に、指定団体制度ですが、指定団体にはさまざまな機能があります。基本的な機能は、生乳の需給調整、生乳流通の合理化、そして生乳販売面における価格交渉力の強化でしょう。いいかえれば、需要に応じた生乳生産(需給逼迫時には増産に努力)と合理的な集送乳を通じて酪農経営の安定と所得の向上を図ることを主な目的としているといっていいでしょう。バター不足問題とはまったく無関係どころか、国家貿易制度の運用と連携して、むしろそのような事態をできる限り回避するための仕組みとして機能しているといえます。

 なお、次回は、4「提言は生産者間の不平等を助長するという点」について詳しい説明を試みる予定です。










プロフィール

酪農乳業関連制度研究会

Author:酪農乳業関連制度研究会
 私たちは、規制改革会議による指定生乳生産者団体制度に関する提言等について、ある雑誌の特集に様々な立場から論考を執筆した者及びその特集内容に共感する有志です。
 特集では、それぞれに立場は異なるものの、一致して規制改革会議の運営の仕方や提言等について根本的な疑問を共有していることがわかりました。このため、関係者ばかりでなく一般の方々にも、私たちが何を問題としているのかを理解していただきたく、意見を表明することとしました。

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